【虐待動画】配信者の心理とは・家族と集団で虐待か、連鎖を心配する声も

一昨日、九州でTikTokの配信女性(と家族)による児童虐待動画が拡散・炎上し、大きな話題となっている。

炎上した動画は2025年10月頃のもので、無抵抗な実子を風呂に沈めたり、ケーキに何度も顔を叩きつけたり、飲酒をさせたりする行為が映されており、怪我をすれば嬉々として投稿する様子も見られた。家族もそれを制止する素振りすら見せていない。

子どもへの加害を「面白い」と感じる投稿者や家族の姿に、SNS上では怒りの声が止まず、配信者たちの心理にも注目が集まっている。

【虐待動画】配信者の投稿に家族の加担も

このTikTok投稿者はアカウントを非公表に。

この投稿者に対する個人的なリークは多数あったとされており、中には「ケーキは投稿者家族の中での恒例行事だった」といった内容も聞かれた。

なぜ配信者は虐待に気づかないのか?

ケーキを顔に何度も押し付ける行為は、海外でも「イタズラ動画」として投稿されるケースが少なくない。しかしいずれの動画も、加害者は笑顔である一方、被害者が喜んでいるようには見えない。

今回も「家庭内で当たり前だった」という証言が象徴するように、加虐者は自分の行為を虐待と認識していなかった可能性が高い。

どれほど過酷で異常な扱いを受けていても、それを「普通」、あるいは愛情表現の一つとして学習してしまう——心理学では「正常化(normalization)」と呼ばれる状態だ。配信者自身が同様の環境で育っていたとすれば、この心理が働いていた可能性は十分にある。

正常化が起きると、子どもが傷ついていても「うちの親もこうだった」「これくらいは躾だ」と自分の感覚を優先してしまう。結果として、虐待はエスカレートしやすい。

虐待する親の考えが陥りやすい「認知の歪み」

①「罰は子どものためになる」
②「自分も同じように育てられたが問題ない」
③「子どもはすぐ忘れる」
④「こんな子どもだからしょうがない(子供が悪い)」

今回の事件では、配信者の母や姉、夫も同様の行為に加担していたことが確認されている。家族全体が同一の歪んだ規範を共有している場合、個人が「おかしい」と気づく機会は著しく失われる。これは「集合的正常化(みんなの認知が歪んでおり、正常は判断ができなくなる状態)」とでも呼ぶべき状態だ。

なぜ配信ができるのか?TikTok運営に苦言も

虐待の感覚を配信者が持たない背景には「正常化」だけでなく、SNS配信特有の心理的構造も絡んでいる。

あるSNSの研究では、SNS上で自分の表現が受容されることの弊害として、自分の行動を客観視する能力が低下が起きることが指摘されている。

ライブ配信中、コメントや「いいね」によるリアルタイムの承認は、脳内でドーパミンを継続的に分泌させる。この状態では、外部からの評価への感度が高まる一方で、自己モニタリング(自分の行動を客観視する能力)が低下することが示唆されている。

視聴者の反応に没入するほど、子どもの苦痛に対しどんどん鈍感になっていくのだ。

また、子どもを「コンテンツの素材」として認識しているケースでは、子どもとの関係性そのものがプロデューサーと出演者のような関係になり、子供が自衛できない限り商売道具のように扱われる危険を孕んでいる。

子どもが「コンテンツ」として収益を生む法的・制度的な保護の欠如は、世界的に指摘されている。未成年者の労働保護法が「配信」に適用されるかどうか、各国で法整備が追いついていない状況。

動画への非難はありながらも、動画が削除されるまでTikTok運営は収益化を止める様子はなし。

「明らかな危険」として社会問題として可視化が確認されるまで、収益停止に踏み切らない傾向にネットでは「まだ収益化させるなんてどうかしている」「収益化させるから虐待が無くならない。」と言った苦言が寄せられている。

虐待の連鎖は止められる?保護された子のその後を案じる声も

今回、動画の一件で動画内の児童は一時保護されたと噂されている。再び家族のもとに戻される選択、保護施設に預けられる選択、どちらに対してもSNSでは心配の声が上がっている。

「まるでおもちゃのように扱われている。今後もそうなるのだと思うと不憫すぎる

どんな事をされてもあの子が頼るのはあの母親なのだと思うと心が痛む

連鎖が断ち切られるケースに共通するのは、「自分が受けた扱いは正しくなかった」と認識するきっかけと、周囲の社会的、心理的なサポート。虐待を受けたとしても70%は連鎖を断ち切ることができているとも言われている。

加害家族への厳正な対処を求める声は当然だ。しかし同時に、傷を抱えたまま孤立して親になった人への支援体制を整えることが、次の被害者を生まない根本的な対策につながるだろう。