夜のエアコンを我慢すると何が起きる? 東大が世界で初めて数値化した熱帯夜の見えない健康被害

熱中症は、炎天下で起きるものだと思われがちだ。

夜は眠ってしまえば乗り切れる。電気代も気になるからと、寝る前にエアコンを切る人も少なくないだろう。

しかし、東京大学などが2022年に発表した研究では、熱帯夜による睡眠障害が引き起こす健康へのダメージレベルは、熱中症による死亡を引き起こすダメージレベルと同程度になる可能性が示された。このように熱帯夜の睡眠被害を定量化した研究は世界でも初めてとされている。

なぜ、ただ眠れないだけの夜が、命に関わる熱中症と同じ規模の健康損失につながるのだろうか。

この記事では次の3つが分かる。

  • 危険の境界線は「最低気温25℃」であること
  • なぜ睡眠不足が「熱中症死」と比較されるのか
  • 電気代と折り合いをつけながら今夜からできる対策

境界線は「最低気温25℃」――東大が初めて数値化した熱帯夜の健康被害

寝苦しい夜、私たちの体には何が起きているのだろうか。

東京大学大学院新領域創成科学研究科などの研究グループは、毎日の睡眠の質を評価する質問票を開発し、2011年と2012年、それぞれ550人以上の名古屋市民を対象に夏の睡眠を調査した。

その結果、日最低気温が25℃を超えると睡眠の質が悪化することが分かった。

名古屋市では、暑さに関係なく約3割の人が睡眠に問題を抱えていたが、熱帯夜には約4割まで増加していた。

研究グループは、この調査結果を過去の気象データに当てはめ、5年間にわたる熱帯夜の健康被害を推計した。

その結果、熱帯夜による睡眠障害の健康損失は、同じ期間の熱中症死亡による健康損失とほぼ同じ規模だった。

これは人口全体で合計した「健康に過ごせたはずの時間」の損失であり、一人が100年失うという意味ではない。それでも、毎年約100〜200年分の健康な時間が失われていたと推計された。

もちろん、この研究には限界もある。

対象は名古屋市民に限られ、睡眠の質も本人の回答による評価だった。また、健康損失(DALY)は一定の重み付けを用いた推計であり、その仮定によって結果は変わり得る。

それでも、これまで統計に表れにくかった「夜の睡眠被害」に初めて規模を与えた意義は大きい。

なぜ「眠れない夜」が熱中症死と比較されるのか

「眠れないのはつらい。でも、それで亡くなるわけではない。」

そう感じる人も多いだろう。

研究で使われたのは、**DALY(障害調整生存年)**という指標だ。

DALYは、「死亡による損失」と「病気や不調による損失」を同じ尺度で比較できるようにしたものだ。

例えば、本来80歳まで生きられる人が50歳で亡くなれば、30年分の健康な人生が失われたと考える。

一方、睡眠障害のように命は奪わなくても生活に支障を与える状態も、その重さと期間に応じて健康損失として積み上げる。

つまり、一晩一晩の寝苦しさは小さくても、都市全体で毎年繰り返されれば、死亡による健康損失と同じ規模になることがある。

夜の危険は睡眠不足だけではない。

東京都監察医務院と東京大学が、東京23区で2013〜2023年に熱中症で亡くなった1,447人を分析した中間報告では、死亡の約9割が屋内で発生していた。

さらに、屋内死亡例では44.9%がエアコンを使用しておらず、29.4%はエアコン自体が設置されていなかった。

熱中症で命を落とす場所は、炎天下の屋外だけではない。冷房の効いていない室内も、大きなリスクとなっている。

夜が危ないと分かっていても、エアコンを切ってしまう理由

危険だと分かっていても、多くの人は電気代を気にする。

寝具・健康機器メーカーのアテックスが2026年5月に全国の20〜60代500人を対象に実施した調査では、72.4%が夏の睡眠環境に不満を感じていた。

それでも、就寝中に毎日エアコンを使う人は53.6%にとどまり、24.6%は「つけない」と回答している。

節電対策では、「設定温度を上げる」が最も多く、「夜中に電源を切る」も上位に入った。

眠りに不満を感じながらも、節約のために室温を上げてしまう――それが2026年の夏の現実だ。

エアコン普及率95%超でも被害はなくならない

名古屋市はエアコン普及率が95%を超えている。

それでも、熱帯夜による健康損失は大きかった。

研究グループは、その理由として「適切に使われていない可能性」を挙げている。

実際、監察医務院の分析では、エアコンが設置され、電源も入っていたにもかかわらず亡くなった事例が84件あった。

暖房モードのままだった。

送風モードになっていた。

フィルターにホコリが詰まり、十分に冷えていなかった。

こうした「使えていなかった」事例の約8割は、一人暮らしや高齢者世帯だった。

問題は、エアコンを持っているかどうかではない。

今夜、きちんと冷える状態で動いているかどうかである。


今夜からできる現実的な対策

今日からできることは多くない。

しかし、その一つひとつは効果が期待できる。

まず、熱帯夜が予想される日は、エアコンを途中で止めず、朝まで室温が上がり過ぎないように保つことを意識したい。最低気温が25℃を下回らない夜では、室温も下がりにくいためだ。

次に、リモコンを確認する。

冷房または除湿になっているか。

風が直接当たるなら風向きを上向きに変える。

余裕があれば、フィルターの掃除やリモコンの電池交換も確認しておきたい。

離れて暮らす高齢の家族がいるなら、本格的な夏が来る前に「ちゃんと冷えるか」を一緒に確認することも大切だ。

電気代は確かに気になるところだ。

しかし、東大の研究が示したのは、「夜の我慢」にも見えないコストがあるということだ。

請求書には表れなくても、その代償は睡眠や健康として積み重なっていく。

今夜、寝室に入ったら、リモコンの表示を30秒だけ見てほしい。

冷房になっているか。

設定温度は適切か。

夏の夜の健康は、その小さな確認から変わるかもしれない。