「地震のとき、エレベーターには乗らない」――これは、日本では広く知られている防災の基本です。
しかし、いざ大きな揺れに直面すると、人は普段ならしない行動”エレベーターで逃げる選択肢”を取ってしまうことがあります。また、すでにエレベーターに乗っている最中に地震が発生すれば「命を守る次の行動」を考えざるを得ません。
そんな現実を映し出した動画が、災害時のエレベーター利用を改めて考えさせる事例として注目されています。
地震の直後エレベーターに乗ったら・・海外動画が注目
Found the video of the guy who took the elevator during the earthquake
by u/InkViper in Bangkok
話題となっているのは、その際にバンコク市内のビルで撮影されたとされる動画です。X(旧Twitter)やRedditで拡散され、再び共有されるたびに議論を呼んでいます。
2025年3月28日、ミャンマー中部でマグニチュード7.7の地震が発生。震源から約1,000キロ離れたタイ・バンコクでも長周期地震動による大きな揺れが観測され、建設中の高層ビルが倒壊するなどの被害が発生しました。
エレベーターの監視カメラの映像には、一刻も早く下の階へ避難しようと次々にエレベーターへ乗り込む様子が映されています。乗客の中には複数の親子連れも。しかし、地震の影響と見られる幾度かの大きな揺れの後、かごは階と階の間で停止します。地震によるワイヤーの断線や落下などを防ぐための安全装置が自動的に作動したのです。
日本では「地震が起きたらエレベーターには乗らない」という防災知識が広く浸透しています。一方、海外では地震の発生頻度や防災教育の違いから、同じ認識が必ずしも共有されているとは限りません。今回の動画でも、乗客がなぜエレベーターを選んだのかは明らかになっていません。
乗客の一人が取った行動とは
この動画が世界中で注目を集めたのは、閉じ込められたことではありません。その後、一人の乗客が取った”ある行動”でした。
階と階の間で停止したエレベーターの中で、一人の男性は試行錯誤しながら、かごの内ドアを力いっぱい押し開けます。わずかに開いた隙間から見えたのは、一つ下の階の床でした。乗客たちは子どもを優先しながら、一人ずつ慎重に床へ降り、全員が無事に脱出しました。
この行動には、SNS上でさまざまなが挙がりました。
「エレベーターが動き出すかもしれない状況で、こんな行動は危険です。最悪の事態になりかねません。このような状況では絶対にこのような行動は取らないで。」
「本当に運が良かっただけ。エレベーターに乗らないのは常識だ。一歩間違えればダーウィン賞だった。」
と危険性を指摘する声がある一方で、
「エレベーターに乗った判断は適切ではなかったかもしれないが、階段が混雑していたりひび割れていたのかもしれない。闘争・逃走反応(無意識に起こる身体の防衛本能)を起こしている人を批判しないでください。」
「愚かな行為だったか?確かに。でも、彼はいい人だってことは分かる。今後、彼が常識を身につけてくれることを願うよ。」
と、生還に安堵する意見も寄せられています。
Redditでは、この動画をきっかけにエレベーターの構造についても話が広がりました。動画内では、男性が内部からエレベーター内部の留め金を外すような行動が見られました。
あるユーザーからは、「彼は内側からエレベーター安全装置のロックを解除したんだ。知っておくと役に立つ。」という声も。
ただし、こうした方法は機種によって構造が異なります。
日本でも海外でも、閉じ込められた場合は非常ボタンやインターホンなどで救助を要請し、原則として救助を待つことが推奨されています。今回の脱出も、床との段差が小さい位置で停止していたという幸運な条件が重なったケースであり、自己判断で脱出を試みることは極めて危険なのです。
「乗らない」が正解である理由
日本のエレベーターの多くには、地震時管制運転装置が備えられています。初期微動(P波)を感知すると、自動的に最寄りの階へ停止して扉を開き、乗客を避難させる仕組みです。2009年以降に新設されたエレベーターでは、この装置の設置が義務付けられています。
しかし、それでも閉じ込めを完全に防げるわけではありません。
2018年の大阪府北部地震では、約6万3,000台のエレベーターが停止し、346件の閉じ込めが発生しました。震源が近い直下型地震では、初期微動(P波)と大きな揺れ(S波)の到達間隔が短いため、最寄り階に到着する前に本震に見舞われることがあります。さらに停電が発生すると、エレベーターはその場で停止したまま動けなくなることもあります。
だからこそ、「地震が起きたらエレベーターには乗らない」という行動が重要になります。揺れが収まった直後であっても、余震によって運転が停止する可能性は否定できません。避難するときは、できる限り階段を利用することが基本とされています。
閉じ込められた時の”正しい行動”は何か
では、すでにエレベーターに乗っている最中に地震が起きたら、どうすればよいのでしょうか。最も大切なのは、無理に脱出しようとしないことです。
そして3つだけ覚えておきたいことがあります。
まず、揺れを感じたら、すべての階のボタンを押します。一部のボタンが作動しなくなっていても、どこかの階で扉が開く可能性を高められるためです。
次に、降りられなければ操作盤の非常用インターホンで救助を要請します。応答があるまで落ち着いて呼びかけを続けましょう。携帯電話がつながる場合は、建物の管理者や119番などへの連絡も検討してください。
平常時であれば比較的早い救助が期待できますが、大地震では道路の渋滞や停止したエレベーターの増加により、技術者の到着が大幅に遅れる可能性があります。それでも、エレベーターのかごは密閉構造ではなく、換気口が設けられています。焦って扉を開けようとするよりも、救助を待つほうが安全です。
首都直下地震では、東京都内だけでも約2万2,000台のエレベーターが停止し、閉じ込めが発生するとの想定があります。救助がすぐに到着するとは限りません。だからこそ、通報を済ませたら体力を温存し、落ち着いて待つことが大切です。
最近では、マンションやオフィスビルのエレベーター内に、飲料水や携帯トイレなどを備えた椅子型の防災備蓄ボックスを設置する例も増えています。自宅や職場のエレベーターに備えられているか、次に利用するときに一度確認してみるのもよいでしょう。あるかどうかを知っているだけでも、万が一閉じ込められた際の安心感につながります。
「エレベーターからの自力脱出」は正しかったの?
では、動画に映っていた乗客たちの「自力脱出」は正しい判断だったのでしょうか。
日本の防災情報では、閉じ込められた際の自力脱出は推奨されていません。階と階の間で扉を開けて外へ出ようとすると、昇降路への転落や、エレベーターが突然動き出す危険があるためです。Redditで話題となった「内ドアのロック機構」に関する知識も、実際に使う場面が来ないことが何より望ましいと言えます。
一方で、この動画から学べる教訓はあります。
一つ目は、「地震が起きたらエレベーターには乗らない」という防災の基本を、家族や身近な人と一度話し合っておくことです。特に海外で生活する人や旅行する人は、この考え方が地域によっては十分に共有されていない可能性があることも知っておきたいところです。
二つ目は、万が一閉じ込められた場合の基本行動を覚えておくことです。「全階ボタンを押す」「救助を要請する」「無理に脱出せず待つ」――この3つを知っているだけでも、パニックの中で冷静な判断につながる可能性があります。
動画の乗客たちが助かったのは、幸運だったのでしょうか。それとも、その場の判断が命を救ったのでしょうか。その答えを一つに決めることはできません。
ただ、次に大きな揺れが起きたとき、あなたがエレベーターの前に立っていたら──その「上へ」「下へ」のボタンへ伸ばしかけた手を止め、いますぐ目の前のフロアに戻れるかどうかは、今日得た知識にかかっています。


















