「SNSは禁止すれば解決する。」
そう考える人は少なくありません。だからこそ、オーストラリアやフランスは、未成年者のSNS利用を法律で制限するという大きな決断を下しました。しかし、現実は期待どおりではありませんでした。
子どもたちは本当にSNSをやめたのでしょうか。そして、科学は「SNSそのもの」を問題視しているのでしょうか。
この記事では、世界で初めて始まった「SNS禁止」の実態を追いながら、その効果と限界をデータと科学的な知見から検証します。
オーストラリアの「SNS禁止」は成功したのか
世界で初めて16歳未満のSNS利用を禁止したオーストラリア。
子どもを守るための世界初の試みは、大きな注目を集めました。事業者には年齢確認が義務づけられ、違反には高額の制裁金が科されます。施行後には数百万件規模のアカウント停止も行われ、政府は複数のSNS事業者への監督も強化しています。制度だけを見ると、政策は順調に進んでいるようにも見えます。
しかし、研究者が追跡したデータは、少し違う現実を映していました。
英医学誌『BMJ』に掲載されたニューカッスル大学の調査では、施行から3か月後も16歳未満の85%以上がSNSを利用し続けていたと報告されています。
さらに、実際に年齢確認を求められた子どもの約3分の2も、その後も利用を続けていました。政府の調査でも、およそ7割がアカウントを維持していたとされています。
もちろん、法律に意味がなかったと言うことはできません。利用をやめた子どももいますし、事業者が年齢確認を強化したこと自体は大きな前進です。
しかし、「法律を作れば子どもはSNSから離れる」という期待どおりには進みませんでした。
理由は比較的明確です。年齢確認の多くは自己申告。親名義のアカウントを使う。年齢を偽るなど、別ルートで制限を回避する方法が残っていたためでした。インターネットでは、現実の「立入禁止」のように境界線を引くことは容易ではありません。
このようにオーストラリアの施策はデジタル社会では「禁止を実効性あるものにすること」が想像以上に難しいという現実を浮かび上がらせたのでした。
科学は「SNSは脳に悪い」と証明できたのか
ここで、もう一つ重要な問いがあります。
世界各国がSNSの規制を進める背景には、「SNSが子どもの心身の発達に悪影響を与えるのではないか」という強い懸念があります。
フランスのマクロン大統領も、「若者の脳は売り物ではない」と述べ、SNSが子どもに与える影響への危機感を示しました。CNNによると、フランス政府はこうした考えのもと、EUで初となる年齢制限の導入を急いだと報じられています。
では、この懸念は科学的にも裏付けられているのでしょうか。
近年、この問題を検証する大規模な研究が世界中で相次いでいます。
議論のきっかけとなったのが、社会心理学者ジョナサン・ハイト氏の著書『不安な世代』です。同書は、SNSの普及が子どもの精神的健康の悪化を招いたと主張し、世界的なベストセラーとなりました。
一方で、この見方に異論を唱える研究者も少なくありません。
科学誌『Nature』に掲載された論考では、数百人規模の研究者による長年の研究を踏まえ、「SNSが若者に極めて大きな悪影響を及ぼしている」という一貫した証拠は確認されていないと指摘しています。
関連が見つかった研究の多くも、示しているのはあくまで「相関」です。SNSが心の不調を引き起こしたのか、それとも心の不調を抱えた若者ほどSNSを多く利用していたのかは、現時点では明確に区別できません。
こうした見方を支えているのが、アメリカで9〜10歳の子ども約1万1000人を追跡している「ABCD研究」です。世界最大級の長期研究ですが、現時点では、デジタル利用そのものによって劇的な脳の変化が起きたという証拠は確認されていません。
もちろん、「影響はない」と結論づけられたわけでもありません。
近年の研究では、利用時間よりも「どのように使うか」が重要だと考えられています。依存的な利用や、SNS上での誹謗中傷、攻撃的なやり取り、有害なコンテンツへの接触は、精神的な不調との関連がより強く報告されています。
つまり、研究が示しているのは、「SNSそのもの」ではなく、「どのような環境で、どのように利用されるか」が問題だということです。
刺激の強い投稿ほど拡散されやすい仕組みや、有害な情報が届きやすい環境こそが、いま問われている課題なのです。
問題は「SNS」なのか、それとも「SNSの設計」なのか
ここで、一つ考えてみてください。
もし明日から、SNS上から闇バイトの募集が消え、誹謗中傷や迷惑動画が拡散されず、自傷をあおる投稿も表示されなくなったとしたら、それでも「16歳未満の利用は禁止すべきだ」と考えるでしょうか。
この問いには簡単に答えを出せません。
私たちが危険だと感じているのは、「SNS」というサービスの名前ではありません。問題視しているのは、そこで拡散される情報やコンテンツ、そして刺激の強い投稿ほど広がりやすい仕組みではないでしょうか。
近年、この仕組みは「注意経済(Attention Economy)」と呼ばれています。
SNS企業は、人の注意を長く引きつけるほど広告収入などの利益を得られるビジネスモデルを採用しています。そのため、多くのサービスでは、アルゴリズムが「正しい情報」ではなく、「より反応を集めやすい情報」を優先して表示します。
怒りや恐怖、対立、驚きなど、人の感情を強く動かす投稿ほど拡散されやすいことは、多くの研究でも指摘されています。フランスの規制当局アルコムが問題視したのも、こうした推薦アルゴリズムでした。
一度関心を示した内容には、似た情報が次々と表示されます。その結果、利用者は同じ種類の情報に長時間触れやすくなり、影響も受けやすくなります。
つまり、研究が示しているのは、「SNSが存在すること」そのものではなく、「どのような情報が拡散されやすい設計になっているのか」という問題です。
フランスのSNS禁止で見えた本当の課題
フランスが禁止へ踏み切った理由は理解できます。子どもを守ろうとする判断そのものを否定することはできません。
一方で、オーストラリアが示したのは、「禁止だけでは子どもをSNSから切り離すことは難しい」という現実でした。
さらに、科学が示しているのは、「SNSそのものが子どもの脳を劇的に変えている」という単純な話ではないということです。重要なのは、どのような情報に触れ、どのような使い方をしているのかでした。
そう考えると、私たちが向き合うべき問いも変わります。
「SNSは禁止すべきか」ではありません。
「子どもが安心して利用できるSNSを、社会はつくれるのか」です。
SNSを禁止することは、子どもが利用する「入口」を狭める対策にはなります。しかし、刺激の強い投稿ほど拡散されやすいアルゴリズムや、有害なコンテンツが利益を生みやすい仕組みが変わらなければ、問題の根本的な解決にはつながりません。
子どもを守るために問われているのは、「SNSを禁止するか」ではなく、「どのような環境を子どもたちに提供するのか」です。世界がいま向き合っているのは、その問いなのです。

















